これは、私的に制作した、マンガのようなもの、です。

全く私的な制作なので、よくあるマンガの作法から外れて、試みとしてセリフや擬音を極力コマの外に出しています。
全ページをスクロールさせて読んだり、ページ毎に読んだり、と、違う読み方ができるような試みもしています。
このため、或いは読みにくいかもしれませんが、まあ、ひとつ、大目に見てやって下さいませ。

さて、このマンガ(のようなもの)は『アイヌ神謡集』(岩波文庫)に収録されている『谷地 の魔神が自ら歌った謡「ハリツクンナ」』
というユカラをネタ元にしています。
(ローマ字表記で"yukar"、カナ表記でも、音に忠実に書くならラの字は小さく書くのが望ましいようですが、ちっちゃ いラがないので略します)

この『ハリツクンナ』はどんな内容か、さっくりあらすじをご紹介します。

谷地に棲む龍神がひなたぼっこをしていると、二人の 若者がやってき た。
二人は谷地の側まで来ると 「この谷地は臭い」と悪口を言う。
これを聞いて怒った龍神は地 を裂いて飛び出し、若者らに襲いかかる。一人をペロリと呑み込むが、もう一人には逃げられてしまう。
逃げる若者を追いかけて龍神 が人間の村まで来ると、”火の老女”が 現れ、焔を放って追い返そうとする。しかし龍神は全くひるまない。
龍神は村をめちゃめちゃにし ながら若者を追い回す。
若者は一軒の家に飛び込んで 蓬の弓矢を持ち出すと、龍神の首っ玉を したたかに射る。
意識を失った龍神は自分の亡 骸の耳と耳の間で目を覚まし、屍体が切 り刻まれ焼き捨てられるのを見ながら事の次第を悟る。
自分は人間の村の近くに棲む 悪魔神であり、人間の挑発にのって退治 されたのだ。
谷地に来た若者の一人は神の 勇者オキキリムイで、自分が呑み込んだ もう一人は彼が放糞で作った人形だった。
悪魔神である自分は地獄へと 追いやられ、人間の国にはもう邪魔者も ないであろう。


あんまり面白いのでマンガにしてみようと思ったものの、そのまま描くにはかなりの勉強が必要なため、
勉強の苦手な私は、すぐにマンガに着手できる手段として、舞台を異世界に置き換えることにしました。
あれこれ変えて、元のユカラの持つ魅力をすっかりどこかへやってしまいましたが、
ユカラというか、アイヌの世界観はなかなか興味深いです。

脚注によれば、ヨモギの矢には破邪の力がある、とか、火の老女とは家の中で最も尊い神様で、山や海から神様が来た時には家 の主として相手をする、とか、
鳥や獣の本当の姿は人間の眼に見えず、見えているのは彼らが着けている冑であって、本体は耳と耳の間に居る、とか。

この『ハリツクンナ』は、クライマックスで呪術的な?正装したばあさんが炎を放って龍を責め、龍は若者を追い回して村は大パニック、と
なかなかの活劇なのですが、『アイヌ神謡集』に収録されている他のユカラはどれも叙情的で 素朴な味わいのものばかりです。
訳者の知里幸惠さんの文体もとても素敵で味わい深く、ありきたりなファンタジーに飽きを感じている向きにはお勧めの一冊です。
(ユカラを単なるファンタジーと同列に捉えていいのかどうかわかりませんが)



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